刊行にあたって
近年、医療は、これまでの医師の治療における診断能力、手術能力に加えて、いかなる医療機器や医療材料を用いるかによっても成否が左右されるようになってきた。つまり、患者の救済は医師個人の力のみならず、製薬、診断キット、診断機器、医療材料に依存するようになってきているのである。自分の研究開発している医療材料が、何万人、何十万人の尊い命を救える可能性につながっていることを考えると、医療材料の研究は、サイエンスの中でも、最も醍醐味のある研究といえよう。
司馬遼太郎著作の「胡蝶の夢」によれば、江戸時代の医者は、顕微鏡や手術の道具を自分たちで作り、薬も医者が調合していた。一方、近代医学では、医療が複雑になったために、これらの仕事は分業されてきた。薬は製剤メーカー(原料は化学メーカー)と薬剤師、医療機器や医療材料(バイオマテリアル)は、精密機器メーカーや化学メーカーが作ることになってきている。医療研究は、医者、分子生物学者、さらには理工学部の科学者が、これまで独立に行ってきた。
しかし、今後、医者と理工学部の科学者やエンジニアとが協力して研究することは、今までにない分野の医療を開発することができる可能性を潜めている。例えば、化学者のMITのランガー教授は医者のバカンティ教授と共同研究により、鼻、耳、皮膚などの組織を細胞と化学材料で作成する「組織工学」を提案した。このように、理工学部の科学者やエンジニアと医者との共同研究により、次世代の医療技術を開発して社会に貢献できることを、私たちは願っている。これはまさに、江戸時代の「医療の原点」に戻ったともいえる。
本書は、高分子の合成・改質・生物・細胞工学、化学工学、デバイス技術などを駆使した、再生医療時代における新しい医療用材料の開発についてまとめたもので、医療現場に直接関与している諸先生方ならびに医療材料を研究されている第一人者により執筆されている。本書が、理工学部の科学者やエンジニアの方々に、医療分野における材料の理解、特に機能膜の理解に役立つことを願っている。
最後に、本分野でご活躍の先生方には、ご多忙中、ご執筆いただき、大変感謝いたします。また、本書の刊行にあたり、協力いただいたシーエムシー出版の栗島氏に感謝の意を表します。
2005年5月 成蹊大学 樋口亜紺